中国革命の勝利と 「革命・女性・中国」

中華人民共和国の成立は、女性の地位を大きく変えた。

1950年には新婚姻法が施行され、婚姻における男女平等と婚姻の自由が宣言された。

これによって女性は初めて結婚と離婚の自由を獲得したのである。

それは、封建的な男尊女卑の社会に大きな打撃を与えるものであった。

一方、土地改革と農業の協同化が進行するなかで、農村の女性は、土地の分配を受け、農業労働に参加した。

また、都市部においても大躍進の時期に、女性が大挙して生産労働に加わった。

このように女性のほとんどが社会的労働に参加するようになったことは、男=社会、女=家庭とする性別分業の観念を変え、女性の地位を著しく高めることになった。

女性は「天の半分」であり、「男性にできることは女性にもできる」として、農業・工業・科学技術などの各分野で女性が活躍した。

しかし1980年代になると、改革開放政策のもと、市場経済の進行、経済効率の重視によって、出産・育児などの不利な条件をもつ女性の就業が困難になり、リストラ(人員削減)の対象になるという問題も発生した。

政府は「女性労働者保護規定」や「婦女権益保障法」を施行し、女性の政治・文化・教育・労働における権益の保護を図ったが、平等と保護の矛盾は十分解決されるに至っていない。

また婚姻法の改正によって、計画出産が夫婦に義務づけられ、原則として1組の夫婦に子供1人という「一人っ子政策」が推進された結果、女性の育児に関する労働は軽減されたものの、農村では戸籍に登録されない「闇っ子」が増えるなどの問題が生じた。

95年、北京における「国連婦人の20年」の総括会議の開催は、中国が、国外の女性運動に目を向ける契機となり、中華全国婦女連合会や各地の運動にも女性問題に焦点をあわせた新たな動きがみられるようになった。
update:2010年02月23日